「3度目の日本への赴任。今だからこそ分かること」
金淳次)姜明逸経済公使は、広島、そして横浜での駐在経験もあると聞いておりますが、今回、改めて日本に赴任されて、日本での生活はいかがですか。
姜明逸)とてもうれしいです。どうしてかと言うと、私が日本に関心を持ち始めたのが大学3年生、1991年頃でした。その時、初めて日本語の勉強をはじめて、その後、韓国の外交部に入り、横浜と広島で勤務をさせていただきました。そこで日本での生活と仕事は最後かなと考えていたのですが、今回、改めて東京に赴任する機会をいただき、この様なチャンスを与えてくれた国に感謝しています。
金淳次)在日同胞の中には韓国語が出来る方もいますが、日本で生まれ十分に韓国語ができない方も多いので、経済公使がこれだけ日本語が堪能ですと、様々な機会で直接コミュニケーションが出来るというのは、大変ありがたく、嬉しく思います。
姜明逸)私自身、様々な方にお会いしてお話を聞くのは勉強にもなりますし、好きです。
金淳次)これまでの日本での勤務に関してもう少し詳しくお聞かせ下さい。
姜明逸)これまで、横浜と広島、日本の地方で勤務が出来た事は大事な経験です。日本という国を、日本人を知るためにも、やはり地方を経験する事が、欠かせない要素だと思います。横浜の時代には、弁護士の金敬得さんを講師に招いて勉強会を開催した事があります。在日の日本での生活や法的地位に関して、金敬得さんが多くの苦労を重ね、在日の人権向上等に関して寄与された話を聞かせていただきましが、当時の私には全体を理解する事が出来ませんでした。
金淳次)何年位前のお話になりますか?
姜明逸)2005年頃だと思います。
金淳次)なるほど。19年前ですね。
姜明逸)はい。当時は、私自身が勉強不足でありました。その後、日本での勤務が終わり、ソウルに戻り、またカナダやウルグアイ等、様々な国へ行き、人が国境を越えて移民するという事を自分自身が経験しました。様々な方に会い、また日本での勤務で広島に行き、そこで在日の方の話を聞く。金敬得さんのお話を聞いてから約20年間という経験と勉強を重ね、今やっと、少し分かるような気がします。あの時、金敬得さんが何をおっしゃったのか。
金淳次)横浜時代に、金敬得さんを迎えて勉強会をされた事が、経済公使にとって、一つ大きな問題意識を持たれて、それを解決する為と言いましょうか、広島時代も含め、理解を深める為に取り組んでこられたことに、私は非常に感謝と感動を覚えます。
姜明逸)少し付け加えますと、金敬得さんは大きな人でしたね。
金淳次)その通り。仰る通りです。
姜明逸)金敬得さんは、大きな人で、足跡をはっきり残してくれた。在日であれ、どこの国の人であれ、日本で暮らす人々が、彼のお陰で、人として、その当たり前の権利を享受できるようになったと考えています、
金淳次)私もそう思います。金敬得さんが開いた門は大きく、今も日本で在日韓国人の弁護士は、おそらく250名を超える方が活躍しています。日本における差別に対する取り組みや、民族教育に限らず、法的地位の問題も含め、彼は本当に、自分の人生をかけて、在日という存在を主張し韓日の橋渡しをされました。韓国にも非常にコミットしており、韓国における在外、在韓日本人に対してその投票権を与える活動もされました。本当に大きな人物で、大きな視野で韓日の歴史を捉え、その人生を走り抜けた方だと思っております。
姜明逸)私は、今を生きる我々が、金敬得さんが築いた土台の上で、もっと発展させるべきだと思います。彼からの、刺激というか、疑問符が今も私の中に残っていますので、現在も勉強を続けています。
「ゼロからプラスに」
金淳次)今回、経済公使として着任されましたが、任期中に重点的に取り組まれる内容等教えて下さい。
姜明逸)昨年3月から、韓日関係が変わりました。改善という言葉も使われますが、改善というよりは、本当にあるべき姿、あった姿と言いますか。正常化したと思います。
金淳次)マイナスからゼロになったとも言えるかも知れません。
姜明逸)マイナスからゼロにやっとたどり着いて、プラスになろうという段階だと認識しています。マイナスであった暗い過去、それが起こった事に対して反省しています。他人を責めて、非難するのではなく、どうしてこうなったのか、それを自分なりに反省し、これからどうすれば、同じ事を繰り返さないように出来るのか、それが一番目の目標です。
「商道」
金淳次)韓日両政府、そして韓国大使館のご尽力により、韓日関係は改善に向かっていると言われております。在日同胞経済界が韓日関係の更なる改善・発展に寄与できる役割はどの様な事がありますか。
姜明逸)大企業や中小零細企業、自営業等の規模に関わらず、自分の仕事を一生懸命やることが大事で意味があると思います。経済という言葉には元来、「世の中の役に立つ」という意味があると聞いています。韓国語で言いますとサンド(상도=商道)、商いの道です。
金淳次)商道ですね。
姜明逸)ソフトバンクの孫正義さんが、「人のために、仕事、ビジネスをやりました」という話をおばあさんから聞いたと言っていました。在日同胞の経済人の皆さんがそういう心持ち、商道を持って自分の仕事に打ち込めば、それが皆さんの役に立ち、結果として様々な場面で韓日関係の発展につながるのではないでしょうか。韓国、日本、韓国人、日本人、そういう区別なしに、排他的なものではなくて、やはり、経済、商道、仕事、それをやることによって、この社会が良くなると、私はそれが大事だと思います。
金淳次)大変いいご示唆を頂いたと思います。ありがとうございます。
「変わりゆく韓国、在日、日本」
金淳次)在日同胞経済界は、韓企連等を中心とした駐日企業郡、また、韓人会等を中心としたニューカマー創業者を中心とした新興企業郡、そして我々在日韓商を中心とした在日企業郡で主に構成されています。これら在日同胞経済界に期待する事や、要望等をお聞かせ下さい。
姜明逸)様々な経緯で大きく3つの組織があると思います。それぞれ違いはあると思いますが、互いに、ありのままを認めて尊重し合う事が大事ではないでしょうか。それぞれの組織の立場で、そのメンバーの利益向上や自らができることを探して、それを進めていく。同時に他の団体やメンバーを尊重していく。韓国国内の事情も同じだと思います。韓国人が立ち上げた会社、海外の同胞が立ち上げた会社、ベンチャー等、様々な企業があります。その多様性が増えていく事が良いと思います。
金淳次)なるほど。具体的な統計はありませんが、以前に比べて最近は、オールドカマーやミドルカマーが代表を務める在日企業の韓国進出や投資が減少していると感じていますが、いかがでしょうか。
姜明逸)例えば50年前の韓国と今の韓国は違います。日本も同じ事が言えると思います。同時に在日の経済人が置かれた状況も違います。韓国の経済規模は大きくなった事で、日本と韓国のギャップがかなり縮んでいます。昔、日本から韓国に、お金や技術が渡ったのは自然な流れだったと思います。そこにプラスして、愛国、故郷を想う考えも強かった。今の状況はどうでしょう。在日1人1人の個性も変わり、習慣も国籍も変わり、韓国社会も変わりつつあります。そのスピードも非常に早い。質問に戻りますと、昔は在日経済人から韓国への投資が多く現在は少ないとの指摘ですが、それが良し悪しの問題ではないと思います。その時代に合った投資があり、当時は自然にお金や技術が渡った。もちろん今もそうですし、その逆、韓国から日本へのケースもあります。今の韓日の経済関係は、現在の状況を鑑みれば、何があっても不思議ではないですし、また。それを認めるべきだと思います。日本人であれ、在日であれ、韓国人であれ、多文化家庭の子どもであれ、日本と韓国を跨ってビジネスが出来る環境づくり、それが大事ではないかと思います。
金淳次)なるほどね。そうですね。
姜明逸)昔、在日の経済人が韓国に投資をしていた事は、経済的に説明ができます。また、社会的、愛国心という面からも説明ができます。私は、その投資という経済行為は、やはり経済論理で決める事が大事だと思います。現在、愛国心に頼って「投資をして下さい」と言っても、その言葉に耳を傾ける人は多くないと思いますし、それを投資の判断基準にした場合、経済、企業が潰れる可能性があります。やはり経済論理で冷静に考えて、何が企業を成り立たせ、人々に幸せを与える企業であるか。モノとサービスを提供できるか、それを考えて、日本から韓国に、あるいは韓国から日本に、その様な投資があればいいなと思います。
「どう伝えるのかより、何を伝えるのか」
金淳次)現在、海外同胞は750万人いると言われています。世界の中において、在日同胞の経済界というのは、どのような位置、どのような存在であるのかお聞かせ下さい。
姜明逸)在外同胞財団(現・在外同胞庁)の時代は年に1回、世界韓商大会(現・世界韓人ビジネス大会)があり、世界各国から、経済活動をされている方々がソウルに集まりビジネスやネットワーク作りをしていると思います。私がカナダやウルグアイ、ベトナムで勤務している時に、韓商大会に参加していた方々から話を聞いた事がありますが、やはり、在日経済人は違う、という声がありました。過去、韓国に対する寄与は多大なものでありますし、それは歴史に残っています。また、日本にある大使館、総領事館の9割以上が在日の皆さんの寄付で出来ている。今もこの立派な建物(韓国大使館)で我々は勤めていますし、この様な例は他の国ではないです。私は非常に感謝しています。在日の経済人、在日同胞の皆さんの、国に対する想い。自らが非常に厳しい状況にあるにも関わらず、どうしてそこまで国の事を考えられたのか。本当に尊敬します。
金淳次)在日同胞にとっては大変ありがたい言葉です。一方、先程話しが出ました世界韓商大会に参加をしますと、在日同胞は言葉の壁に直面する事もあります。
姜明逸)私は言葉が通じるか通じないかよりも、何を言うか、それがもっと大事だと思います。パッションやその思いを、通訳を使ってでも伝える努力をする事が重要ではないでしょうか。在日同胞の中には、韓国語が話せない事に対して負い目に感じる方がいると聞きますが、私はその必要はないと思います。例えば、米国に長く住むと英語が堪能になり韓国語が話せなくなるとしましょう。それは自然な事です。在日同胞に対してだけ、なぜ韓国語が話せないのか?という意見があるとすれば、それは、ダブルスタンダードです。
金淳次)どう伝えるかより、どの様な方法でも思いをしっかり伝える事が大事であると。
姜明逸)韓国語を学べば良いと言いますが、一つの言語を学ぶ事は、非常に苦労します。骨が折れます。私は自信を持って、在日同胞にとっては日本の地で経済活動をするためには、日本語が一番大事だと、自信を持って言うべきだと思います。日本の経済の戦場で日本人と戦う訳ですから、一番大事な武器は日本語です。
金淳次)日本で戦う為に日本語は大事なのは仰る通りです。
姜明逸)韓国語を強調すればするほど人は離れてしまいます、在米同胞も3世、4世になると英語しか話せない方が多いです。彼ら彼女らを引き付けるためには、韓国語は強調しないほうが良いと思います。在日の経済人も同じではないでしょうか。韓国語が話せないからといって、例えば韓商大会に行くのを遠慮する様な思いをさせない為にも、日本語でも英語でもロシア語でも、自分の言葉で、好きな言葉で、一番得意な言葉で話せば良いのです。大事なのは、何を言うか、です。
金淳次)情報発信ですね。
姜明逸)そうです。人々に何を発信するのかが大切です。
金淳次)心掛けたいと思います。
「わずかでも可能性があれば、やる意味はある」
金淳次)経済公使が(ベトナム)ホーチミン総領事の時、韓国からの進出企業との現地当局との対話の機会を設けたと聞いております。
姜明逸)私がホーチミンでその様な対話を企画したのには理由があります。ベトナムは社会主義志向の市場経済、憲法にそう書いてあります。市場経済ですけれど、社会主義がベースにあります。一方、韓国と日本は自由主義市場経済。そこに大きな差があります。ベトナムでは、端的に言えば、企業やビジネスマンがベトナム当局の人にめったに会えないです。
金淳次)そもそもアポイントが取れないのでしょうか?
姜明逸)アポイントは取れますが、そのアポイントを取る為に、様々な手立てをしなければならないのです。
金淳次)ハードルが高いですね。
姜明逸)それに慣れてしまうと、短期的には上手く出来るかもしれませんが、長期的にみると良くない事も多いです。その様な中で、ベトナムに進出した韓国企業から苦戦しているお話等、様々な意見が公館に寄せられました。我々としてその状況を打開する為に、企業からの意見を集めて、それをベトナム当局に伝えるため会議をやりましょうと提案しました。それが始まりです。2021年です。市長や、市の幹部の皆さんも参加し、我々が事前に渡しておいた質問に対して回答をいただくわけです。会議が終わり、参加していた韓国のビジネスマンの方に、20年以上ベトナムで仕事をやってきたが、こんな事は初めてだ、と言ってもらえる事もありました。もちろん、例えば100の問題提起をし、2カ月、3カ月経って、100%満足出来る回答は得られなかったとしても、50%、60%の進捗があれば、やる意味はあると考えています。
金淳次)大きな前進ですよね。
姜明逸)その後、会議を来年やりましょうという話になり、定例化されました。
金淳次)それは大きいですね。
姜明逸)その時はホーチミンで、次は周辺の省にまで広げました。「ホーチミンでやっているのに、うちでやらないと、投資が来ませんよ」という話等もあった様で、会議が広がっていきました。
金淳次)大きな仕事をされましたね。
「役人が、経済人の活動を妨害しないこと」
金淳次)世界的に激動するビジネス環境において、韓日の経済界はどの様に協力して行くことが、両国にとって望ましいでしょうか。また、その為に駐日韓国大使館の経済課はどの様な役割を担っていくのでしょうか。
姜明逸)大きな質問ですね。私は、一緒に働く職員に度々こう言います。「役人が、経済人の活動を妨害しないこと。役人のために経済人を動かすようなことはするな」と。経済人は自由に自らが経済活動をしていますので、それを尊重すべきだと思います。それが今の韓国経済の発展の原点でもあります。起業家精神を奨励する為にも、役所はあまり関与しない、妨げにならない事。そしてその環境づくりが大事だと思います。自由に経済活動をされて、どういう稼業であれ、企業であれ、繁盛すること、それが、人々の為にも、家族の為にも、社会の為にも、国の為にも、役立つと思います。
金淳次)そうですね。会社を設立する最大の目的は、利益を上げることですから。そこにどうコミットしていくのかということだと思います。
「“アジア版EU”で人・モノ・金の自由な移動を」
金淳次)コロナ禍が落ち着いて、韓日ビジネスの動きも一気に加速してきました。この環境の中で、経済課として、最優先で取り組んでいくテーマを教えて下さい。
姜明逸)当面の懸案事項もありますし、私が考えているのは、人・モノ・金の自由な動きが出来る様な環境づくりです。人・モノ・金ですが、日本も韓国も、人口が減少し、高齢化社会になっています。社会を舞台にモノを作り、輸出して成長する、そういう経済モデルがだんだん難しくなっている状況です。いま、中国と米国のブロック化が進む中で、日本と韓国はどの様に経済を興して繁盛するかという課題があります。ヨーロッパを見ますと国境はありますが、実際には、人・モノ・金がボーダーレス、自由に動いています。そういう状況を、日本と韓国の間に作る事が出来ないかなと考えています。
金淳次)アジア版EUみたいなものですね。
姜明逸)はい。もちろん、様々な事を考えなければならないと思います。人が自由に動けるのか、あるいは労働市場の問題、お金の価値の問題、互いに利益ができる状況ができるのか。
金淳次)Win-Winの関係が必要ですね。
姜明逸)理想としては、そういう目標を立てて、私は可能な限り政策を立案して、本国に建議したいと思います。
取材日.2023.08.25.
インタビュアー・金淳次東京会長